筑波大学 サイバニクス研究センター
研究棟を再現した3Dモデルを
NVIDIA Omniverse上に構築
人協調型ロボットの開発と実証に活用
筑波大学 サイバニクス研究センター
システム情報系 知能機能工学域
【インタビュー 】助教 博士(工学) 上原 皓 氏
導入企業

筑波大学に拠点を置き、人・ロボット・情報(AI・ビッグデータ)を融合複合した新学術領域の「サイバニクス」を創生・研究開発する研究センターです。医工融合、産官学民の新連携体制、地域・国際連携によって活動を進めています。そこからの社会実装の成果としては、大学発ベンチャーの先駆けとしても知られるCYBERDYNEが開発する、人の運動意思通りに動作をアシストすることで身体機能の改善・補助・拡張・再生を可能にする世界初の装着型サイボーグ「HAL(ハル)」などが挙げられます。
- 所在地
- 〒305-8577 茨城県つくば市天王台1-1-1
概要
筑波大学サイバニクス研究センターの上原皓助教は、人・ロボット・情報系を融合複合した新学術領域「サイバニクス」に基づき、神経・筋難病患者や高齢者の自立支援を可能とする研究開発に取り組んでいます。その基盤として、学内のサイバニクス研究棟を忠実に再現したフォトリアリスティックな3DモデルをNVIDIA Omniverse™上に構築し、物理空間とサイバー空間がリアルタイムに双方向連携する「サイバニクス空間」を整備しました。同空間を活用し、人の運動意思によって日常生活の動作を支援する人協調型ロボットの開発と実証を進めています。
課題
- サイバニクス技術の研究成果を反映させるデジタル環境の構築が難しかった
- ロボットやセンサーを一体的に扱えるプラットフォームが必要だった
解決策
-
- アプリケーションの連携性と拡張性があるNVIDIA Omniverse上に3Dモデルを構築
- GPU基盤の構成提案と調達をジーデップ・アドバンス、3Dモデル制作とアプリケーション開発をシリコンスタジオが支援
効果
- サイバニクス空間の基盤が整備され、研究の円滑化
- 日常生活を支援する人協調型ロボットを開発し、実証実験に成功
- 実験室環境で安定稼働を確認し、施設や患者宅でのフィールドテストの段階へ移行
人・ロボット・情報系を融合複合し、社会課題の解決を目指す「サイバニクス」
筑波大学サイバニクス研究センターでは、サイバニクスを駆使し、人間の身体機能を支援・増幅・拡張する最先端の人支援技術の研究開発とその社会実装を推進しています。サイバニクスとは、筑波大学システム情報系教授でCYBERDYNEの代表取締役社長を務める山海嘉之氏が約40年前に提唱した学術領域です。サイバニクスという学術領域が誕生した経緯とその本質について、上原氏は次のように説明します。
上原氏「社会が抱えている課題は非常に複雑です。私たちのサイバニクス研究棟がある工学部の課題は、例えば歯車や電気機械を極めるというものですが、それだけでは社会の課題を解決できません。課題は複合的な要素で構成されていて、解決するためには複数の学術領域を立体的に扱う必要があるため、サイバニクスという学術が生まれました。概念としては、中心に人と情報系とロボットがあり、その周りにさらに脳・神経科学、行動科学、ロボット工学、情報技術(IT)、人工知能、システム統合技術、生理学、心理学、哲学、倫理、法学、経営などのさまざまな要素があり、それらの領域を立体的に扱いながら、実際に社会が抱える課題を解決していく形になっています」

サイバニクスの概念図(サイバニクス研究センターHPより引用)
「誰一人取り残さない未来社会を実現する」ために
そのサイバニクス研究センターで上原氏は、「人とテクノロジーが一緒になって支え合うテクノピアサポートにより、誰一人取り残さない未来社会を実現する」という自らの想いのもと、神経・筋難病患者の機能再生と自立支援を可能とするための支援ロボットや、それを活用するためのサイバニクス空間の研究・開発に従事しています。上原氏がサイバニクスの道に進み、現在の研究を行っている理由は、幼少期からの体験に基づいているといいます。
上原氏「小さい頃からロボットが好きで、小学生の時に電子回路を触るようになり、モノづくりに興味を持ちはじめました。その後、高校生の時に家族でカンボジアへ旅行した際に、長引く内戦の影響で片足がない人がたくさんいたのを目の当たりにしました。さらに、叔父がパーキンソン病にかかってしまうという経験も重なり、同じようなつらい思いをしている人たちの役に立ちたいと考えるようになったのです。そのような折に、筑波大学でその想いを形にできるような研究に取り組めることを知り、自分もそこに携わりたいと思い今の道に進みました」
医療が発達して人間の寿命が延びていくのに従い、身体機能の喪失・低下を伴う疾患を発症するリスクも高まっています。その際に、医学での治療法を確立するという方向性以外にも、罹患してしまった患者の困難な状況を支援するための技術確立も待たれます。その成果は国や自治体が抱える介護人材不足・医療費削減という問題の解決につながり、課題先進国である日本の新しい産業への昇華も期待できるでしょう。
上原氏「ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者さんの自宅にお邪魔して、私たちが作ったシステムを使っていただいた経験もあります。そういう方々は、藁にもすがる思いで私にメールを送ってくれるのです。とにかく早く使いたいというお声をいただいているので、『急がねば』という思いで日々研究を進めています」

筑波大学 システム情報系 知能機能工学域
助教 博士(工学) 上原 皓 氏
「人+サイバー・フィジカル」がリアルタイムで連携する「サイバニクス空間」
上原氏が構築した「サイバニクス空間」とは、物理空間とサイバー空間を双方向かつリアルタイムに行き来できる環境です。人が活動する3D仮想空間という意味ではメタバース的な側面も有しつつ、本質的には再現性という部分を重視しているためにデジタルツインに近いと上原氏は説明します。
上原氏「私たちは、人が中心となる技術を研究しています。そのためサイバニクス空間は、『人+サイバー・フィジカル』という形で、人情報がしっかり入り込んでいる必要があります。今までのデジタルツインは、製造業を中心に、限定された空間や条件を対象とした活用が主流と言えます。それに対して人の情報も環境の情報もしっかりとセンシングし、時々刻々と変化していく人や環境を考慮したデジタルツインがサイバニクス空間です。また、その際には単に機能を追求するだけでなく、実世界の再現度という部分も大切な要素になるので、フォトリアルな表現も求められます」
まさに今、半導体の性能向上によって演算処理能力が飛躍的に高まり、AIも進化を遂げたことで、長きにわたって研究開発を重ねてきたサイバニクス技術の要件をデジタル上で実現できる環境が整ってきました。そして、実利用に耐えうるサイバニクス空間の構築が可能になっています。
将来的に基盤技術が進化すれば、同一のサイバニクス空間に何百人も同時にアクセスし、メタバースのような動きも可能になるとのことです。まずは神経性の障がいを抱える人たちの困難を解消するための実証研究に取り組み、その成果を論文として発表しながら、サイバニクス技術の社会実装を目指して基本性能や安全性の部分の足固めを進めているところです。現在は、サイバニクス研究棟の1階と2階、建物の外周エリアをリアルに再現したサイバニクス空間を構築し、そこに研究室で開発した支援機器やロボットをつなげ、検証が行われています。
研究棟に展示・保管されているサイバニクス技術・装着型デバイス群
NVIDIA Omniverseで基盤と3DCG、アプリケーション開発の課題を解決
サイバニクス空間の構築に際しては、ハードウェア(基盤)構築とアプリケーション(3D仮想空間)開発の両面でいくつかの課題がありました。
上原氏「サイバニクス空間には、バイタル情報を測るためのセンシングデバイスや電動車いすなどの市販の運動ロボット、自作のロボットを有機的に接続させる必要があります。しかし、これまでそれらを簡単にサイバー環境につなぎこんだり、既存の環境を拡張したり、一体的に扱ったりできる最適なプラットフォームがありませんでした。また、人の健康状態などに関わる機微な情報を扱うという研究の特性上、個人情報を含むデータを扱うことも多いため、さまざまな環境が用意されたクラウドサービス上ではなく、研究棟内でセキュアに運用できることも必須条件でした」
その中で、上原氏が見出したアプリケーション開発環境・稼働基盤が、NVIDIAが提供する3DシミュレーションプラットフォームのNVIDIA Omniverseでした。
上原氏「一般的にロボットやデバイスを仮想環境上でビジュアライズするのであれば、ゲームエンジンのUnityが第一候補として挙がります。Unityでもロボット開発のデファクトスタンダードになっているROS(Robot Operating System)との連携は可能ですが、NVIDIA Omniverseではそのほかにも我々が独自に作っている心電や心拍、表情などの人の情報を取るデバイスを無線・有線でつなげられる強みがあります。加えて、数値演算・数値処理、レンダリング・映像の美しさを備えていて、我々の要件に合致していました。開発環境の利便性という点でも、GPUを仮想化することで、専用端末を用いずともそれぞれのラップトップから複数人で共同作業ができることも魅力的でした」
しかし、2023年にプラットフォームを選定した時点では、日本国内でNVIDIA Omniverseはあまり浸透しておらず、日本語のサンプルプログラムやドキュメントがほとんど見つかりませんでした。さらに、理解を深めている間にも、次々とアップデートが進んでいくという状況でした。
NVIDIA Omniverse上でサイバニクス研究棟などの高精細な実寸大3Dモデルを制作し、ROS連携などのシミュレーション環境を構築する必要がある中で、技術習得とリソースの面から上原氏のチームだけでの実装は難しい状態でした。加えて、NVIDIA Omniverse環境上でアプリケーションを動かすためのハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)環境やGPU基盤を構築するにあたっても、詳しいパートナーが必要でした。
NVIDIA Omniverse 環境を支えるGPU・レンダリングサーバー
そこでハードウェアの部分では、新たなNVIDIAのGPUを搭載したレンダリングサーバーを導入するために、すでにNVIDIAのHPCマシンの導入実績があるジーデップ・アドバンスを調達先として選定し、併せて構成やセキュアな環境の構築支援を依頼しました。一方、サイバニクス空間のアプリケーションソフトウェア領域については、アルゴグラフィックス社がプライムを務める案件にシリコンスタジオが参画し、3Dモデル制作とアプリケーション開発を担当しました。
上原氏「ジーデップ・アドバンスは、それまでの実績もさることながら、NVIDIAパートナーネットワーク(NPN)のエリートパートナーであり、HPC環境上でNVIDIA Omniverseを稼働させるためのしっかりとしたノウハウを有していました。シリコンスタジオは、単に3Dグラフィックスによる仮想空間の構築だけでなく、ロボットの実機や各種デバイスと連携可能なアプリケーションが開発できる点を評価しました」
研究棟内での実証に成功し、施設や患者宅でのフィールドテストへ
実空間とサイバー空間が連動するサイバニクス空間の実証として、上原氏はまず、音声で操作できるスマートスピーカーを使い、実空間のIoTとサイバー空間を連動させるところから取り組み始めました。次のステップでは、両空間が連動して稼働する車椅子型の人協調型ロボットを開発。生体電位信号と視線情報から人の運動意思を読み取り、アームハンドシステムとIoTシステムを操作できるようにすることで、身体的・空間的な制約を受けずに日常生活の動作を支援する実証に成功しています。
上原氏「基盤を作るところまでは大変でしたが、そこができたので研究はスムーズに進むようになりました。人協調型ロボットは、すでに実験室の環境レベルでは安定して動く形になっています。日常動作のほかに、例えばサイバニクス空間上で車椅子に乗って研究棟の2階から1階にエレベーターで移動し、外に出て景色を見て戻ってくる、ということもできます。2027年度までには施設や患者の自宅にロボットを持ち込んで、フィールドテストに進む計画です」
フィジカルAI との連携に向けた実証実験用ロボット
居住環境を再現した実証空間と車椅子型の人協調型ロボット
今後の焦点はフィジカルAIとの連携と技術の社会実装へ
技術面では、現在は人の運動意思を読み取りロボットを動かす研究が中心です。今後は、新たにフィジカルAIと人の運動意思を組み合わせた支援ロボットの開発を目指していくとのことです。
上原氏「現状ではすべて人がマニュアル操作しますが、フィジカルAIとの連携によって半自動化させます。ポイントは、自律できるところはAIに任せ、意思決定はAI任せにしないことです。例えば、寝たきりの人が冷蔵庫に入っている飲み物を取りに行くというケースでは、ロボットに自然言語で『飲み物を取ってきて』と言うと、まずAIが解析して冷蔵庫の前まで移動します。そこで視線などによって運動意思を読み取り、冷蔵庫内の飲み物を選べるようにするといった具合です。ほかにも、通信が途切れた際にはある程度までAIがロボットの動作を補完してくれる、といった形を検討しています」
そしてもう1つの大きな課題が、社会実装です。それはサイバニクス研究における重要な要素であり、仕組みを作るだけで終わらせてはならないと上原氏は言葉に力を込めます。
上原氏「今、ロボットは実験室や介護施設で動かせる状態になりました。しかし、それによって目の前の人を助けられるだけでは、社会は変わりません。社会を変えるには、ロボットの活用によって経済が生まれ、そのサイクルが回る仕組みをつくる必要があります。ロボットを作ったメーカーに収益が入り、医療・介護保険が適用され、病院や介護施設にも医療機器を使うメリットがあり、患者の負担も軽い。そうやって、みんながWin-Winの関係になれる仕組みにしなければならないのです」
課題解決に向けた研究を支える欠かせないパートナーに
上原氏が話すように、これからも超えるべきハードルはたくさんありますが、その中でジーデップ・アドバンスとシリコンスタジオという技術面で信頼できるパートナーの存在が、上原氏にとって支えになっていると言います。
上原氏「ハードウェアと3Dアプリケーション開発、それぞれの専門家とともに歩むことで、ここまで研究がうまく進んでいると感じています。両社は私がやりたい開発内容を理解してくれていて、何か相談をすると適切なフィードバックのみならず、プラスアルファで提案もいただけています。両社には今後も引き続き期待しています」
日本では今後さらなる高齢化に伴い、要介護高齢者や神経系難病患者、そしてその医療費も増加していくことが予測されています。ジーデップ・アドバンスはハードウェアの構築技術、シリコンスタジオは3Dグラフィックス関連技術というそれぞれの強みを生かし、上原氏が進めるサイバニクス技術の研究とその社会実装を引き続き支援してまいります。
ニュースリリース 2025年03月27日
