- 観光・文化・芸術
2026.01.16
文化財の3Dデータ化とデジタルツイン。VR/AR・メタバース観光の最新動向と導入ポイント
- 目次
- この記事を読むのにかかる時間:9分
近年、文化財や史跡の分野では、3D計測データにXR(VR/AR)や地理空間情報を組み合わせた「デジタルツイン」が、保存と観光の両面で実務レベルに活用され始めています。文化財の劣化や後継者不足、保存コストの増大といった課題を背景に、3Dデータ化とデジタルアーカイブ化の取り組み、さらには全国文化財情報デジタルツインプラットフォームなどの基盤整備が進み、VR/ARコンテンツやオンラインツアーとしての利活用事例も蓄積されてきました。
本記事では、こうした技術や制度、運営スキームを整理したうえで、3Dスキャンからデータの標準化、プラットフォーム連携、VR/AR・メタバース体験の設計までを俯瞰し、DXを活かして文化財の保存と観光誘客を同時に実現していくための実装ポイントを解説します。
なぜ「デジタルツイン×文化財観光」が注目されるのか
近年「デジタルツイン×文化財観光」が注目を集めている背景には、文化財の記録・保存と観光的活用を同時に実現しうる環境が、技術・制度の両面から整いつつあることが挙げられます。
まず、地方の小規模博物館や文化財の保存現場では、人口減少や高齢化の進行により、管理・運営を担う人材の不足が深刻化しています。その結果、開館日数の制約や保存作業の継続に課題が生じており、文化財を持続的に保護・公開していく仕組みそのものが問われているのが現状です。
一方で、TLS(地上型レーザースキャナー)やモバイルLiDAR、スマートフォンに搭載されたLiDARセンサーなどの普及により、高精度な点群計測が身近なものになりました。遺跡や歴史的建造物はもちろん、周辺の景観を含めた空間全体を詳細な3次元データとして取得・モデル化し、デジタルツインとして保存・利活用する取り組みが各地で進んでいます。
さらに、近年の博物館法の改正を通じて、博物館におけるデジタル技術の活用や情報発信の重要性が制度的に明確化されました。デジタルアーカイブの整備や文化資源の3次元電子保存・公開・活用を推進する政策的な方向性が示されたことで、ネットワークを介した仮想展示、電子資料館、オンラインツアーなどの新たな観光・学習形態への需要も高まりつつあります。
文化財・史跡の「デジタルツイン」とは?3Dデータ化の技術と意義
文化財分野では、遺跡・遺構、考古資料、建造物、記念物、庭園や景観そのものを3次元計測によって3Dデータ化し、現実世界のデジタル複製であるデジタルツインとして扱うことが可能です。ここでは、3Dデータ化とはどのようなものか、その意義・技術要素を解説します。
関連コラム「観光DXの未来を切り拓く3D都市モデルを活用したデジタルツイン」
点群・メッシュ・テクスチャとは
3次元計測によって得られる3Dデータは、計測点の集合である「点群」です。点群は位置情報を高密度に記録できるものの、そのままでは形状として把握しづらいため、点同士を結んで面を構成した「メッシュ」が作成されます。さらにメッシュの表面の色や質感を表現する「テクスチャ」を付与することで、文化財や史跡の形状や構造、外観を立体的かつ高精度に記録・再現することが可能です。
デジタルアーカイブの利点(保存・学習・観光)
3Dデータを含むデジタルアーカイブは、文化財を高精度に記録・保存する手段として重要な役割を果たします。実物の物質資料は劣化や破損のリスクがあり、後悔や利用にも制約がありますが、デジタル化によって時間や場所に依存しないアクセスが可能となり、検索性や活用の幅も大きく向上します。
また、3Dデータを活用したXR(VR/AR)技術により、仮想空間で文化財を体験できるバーチャルミュージアムや、遠隔地からの学習環境を実現することが可能です。これにより、現地・博物館・学校・家庭などをつなぐ新たな学習・観光の形態が生まれ、利用者が多様な視点や表現方法に同時アクセスすることが可能となります。
制度・標準化との関係(メタデータ/互換性)
日本では、改正博物館法により、博物館の役割として「博物館資料に係る電磁的記録の作成と公開」が明記され、デジタルアーカイブの整備と運用が制度的に位置づけられました。これにより、3Dデータを含むデジタルリソースも、文化財情報を継承・活用するための重要な基盤として扱われるようになっています。
例えば、奈良文化財研究所と産業技術総合研究所が連携して開発した全国文化財情報デジタルツインプラットフォームでは、文化財総覧WebGISと3D地理空間情報データベースを連携させることで、多様な3次元データを統一的に扱う仕組みを構築しています。これにより、地方公共団体や博物館が取得した3Dデータなどを容易に登録・活用できる環境が整備され、メタデータや互換性を前提とした標準化された利用環境の構築が図られています。
文化財 3D計測・VR/AR 活用の国内事例
日本国内でも、ワークショップや実証プロジェクトを通じて、遺構・史跡の3Dモデル化とそれを用いた VR/AR コンテンツ制作が進んでいます。ここでは、具体的な事例とその成果をご紹介します。
市民参加型の3Dスキャン・ワークショップ
東京文化財研究所の文化遺産国際協力センターは、文化庁から受託した拠点交流事業の一環として、2024年10月に「文化遺産の3Dデジタル・ドキュメンテーションとその活用に関するワークショップ」を実施し、湾岸諸国の専門家を日本に招聘してドローンによる遺跡・建物の広域測量などの実習を行っています。
本研修では、考古遺跡や歴史的建造物の3D記録技術の習得に加え、日本の博物館展示や史跡公開におけるデジタルコンテンツの活用事例を学ぶスタディーツアーも組み込まれており、3Dデジタル・ドキュメンテーションを実務へ導入するための応用的な研修となっているのが特長です。
VR・ARと高精細3DCGが拓く、文化財体験と継承の新展開
全国各地でかつての景観や失われた建物を3Dモデルで再現し、史跡での現地体験を補完する取り組みが進んできました。
VR・ARを用いた事例としては、「AR長岡宮」や「バーチャル飛鳥京」、「VR安土城」などが挙げられます。現在の遺構だけではイメージしにくい空間構成やスケール感を視覚的に理解できる点が特長です。
一方、「歴なび多賀城」や「AR蒙古襲来」などのアプリ型ガイドでは、地図情報や解説コンテンツと連動しながら、3DCGやアニメーションを用いたストーリー性のある案内が提供されています。見学者の回遊性と学習意欲を高める効果が期待できます。
また、大日本印刷(DNP)は、世界遺産・仁和寺の国宝「金堂」を高精細3DCGとして制作し、バーチャルプロダクション用の背景データとして提供を開始しました。文化財を傷つけることなく精緻な表現を可能にする独自技術により、現地での大規模撮影が難しい歴史的建造物でも、臨場感ある映像制作を実現することが可能です。
映像制作分野に加え、メタバースや教育、観光コンテンツへの活用も視野に入れ、文化財の保存と公開、魅力発信を両立。リアルとバーチャルを融合した新たな体験を通じて、次世代への文化継承と地域活性化につなげる取り組みとして注目されています。
研究機関によるデジタル文化財プロジェクト
東京文化財研究所は、バーレーンや湾岸諸国との拠点交流事業を通じて、3Dデジタル・ドキュメンテーションの記録と活用に関する国際的な研修やスタディーツアーを実施し、日本のデジタル文化財活用の事例を共有しています。
また、産業技術総合研究所では、デジタルツイン事業の一環として「3DDB Viewer」を開発し、博物館資料の3Dデータをモデル化して触れる展示「路上博物館」や、広島平和記念公園を再現した「Peace Park Tour VR」、一乗谷朝倉氏遺跡の復元街並みとAR・VRの融合など、多彩なデジタル文化財プロジェクトを推進しています。これらの取り組みによって、研究機関と現場が連携し、デジタル技術と文化財の双方を活用した新しい保存・活用モデルが広がりを見せている状況です。
全国文化財情報デジタルツインプラットフォームとは

全国文化財情報デジタルツインプラットフォームは、奈良文化財研究所の文化財総覧WebGISと、産業技術総合研究所の3次元地理空間情報データベースを連携させ、日本全国の文化財情報と国土の3次元構造を時間軸も含めて統合的に扱うために開発された基盤です。
このプラットフォームでは、地下に埋蔵された文化財と建物・道路・植生など現在の地表状況との位置関係を正確に可視化できます。また、「3D DB Viewer」を通じて文化財の3Dモデルが公開されており、誰でもオンラインで閲覧することが可能です。
3D文化財データ×地理空間データの統合
全国文化財情報デジタルツインプラットフォームでは、文化財総覧WebGISが保有する61万件以上の文化財位置情報と、3Dデータベースに格納された建築物のCADモデルや点群データなど、多様な3次元地理空間データを統一的に扱うことが可能です。地下から地上までを含む国土の3次元構造と社会活動の歴史的情報を一体的に表示できます。
これにより、たとえば特別史跡・岩橋千塚古墳群での古墳地形や、東京・高輪築堤跡の遺構と周辺ビル群などを同じ空間上で重ね合わせて可視化し、文化財と現代都市空間の関係性を直観的に把握できることが特長です。
自治体の登録・公開コスト低減
従来、文化財の3次元データは高価な測定機器が必要で、取得したデータも紙や機関内でのみ管理されることが多くありました。
しかし、近年はLiDAR搭載スマートフォンなどの普及により、地方自治体による発掘調査でも3次元データの取得が容易になり、事例も増えつつあります。
全国文化財情報デジタルツインプラットフォームは、GISや3次元データに関する高度な専門知識がなくても利用できる設計になっており、地方公共団体や博物館が取得した文化財3Dデータなどを容易に登録・公開することが可能です。これにより、データ利活用のハードルとコストの低減が期待できます。
都市開発・観光計画への応用
地下埋設物や埋蔵文化財は通常目に見えないため、従来の開発事業では意図しない文化財破壊が発生してしまうことがありました。全国文化財情報デジタルツインプラットフォームを活用すれば、掘削位置や深度を文化財情報と事前に照合し、発掘調査の必要性や保存方針を検討することができます。これにより、開発計画の効率化と文化財保護の両立が可能です。
さらに、文化財情報のオープンな可視化と3Dモデルの追加公開を通じて、住民や観光客が地域の文化財の存在や価値を理解しやすくなります。スマートシティやデジタル田園都市構想といった都市・地域計画、観光振興への活用にも応用できます。
文化財のVR/AR・メタバース観光体験の設計ポイント

デジタル復元された史跡をXRやメタバースで体験できるようにすることで、文化財が保存のための「倉庫入り」ではなく、来訪者との対話・感動を呼ぶ“体験型文化財”としての価値創造が可能です。ここでは、持続的な観光と地域活性化につながる設計のポイントを解説します。
過去の復元とナラティブ設計
デジタル想定復元では、史実や文献、実測図面、絵図などの資料をもとに、学術的な監修を受けながら高繊細なCGで当時の姿を再構成します。津和野城や三春城、二本松城、福山城などの事例では、天守の位置や屋根形状、部屋構造、設備の有無といった具体的な史実がVR制作を通じて明らかになりました。
こうしたプロセスにより、従来は伝説や断片的資料として扱われていた要素もVR空間上で検証され、城主の意図や都市構造などを含めた物語性のある歴史像として理解することが可能です。
来訪困難な史跡へのアクセス提供
デジタル想定復元から制作されたVRやメタバースは、戦国時代や江戸時代のように現実には行き来できない時空の史跡を、当時の現地にいるかのような感覚で案内できる手段です。
例えば、彦根城を題材にした「メタバース城郭ツアー」では、ヘッドマウントディスプレイを通じて天守や本丸御殿など現存しない部分も含めた空間を体験でき、建物の高さや距離感をリアルに感じながら城内を自由に見て回れます。
UX・ストーリーテリングの重要性
VRやメタバースの大きな特徴は、利用者が城内を自由に巡ったり、上空から城郭全体を俯瞰したりできるインタラクティブな体験にあります。これにより、「建物配置の意図」や「城主の見栄」といった歴史的背景を身体感覚とともに理解できる点が特長です。
失われた建築遺産を扱うVR体験は、紙媒体と比べて利用者の文化的理解や喪失への感情的な関与を深め、遺産の社会的・政治的意味を批判的に考察するきっかけにもなります。そのため、単なる静的再現を超えた、物語性のある設計が不可欠です。
市民参加による持続可能な文化財利活用
TOPPANは、20年以上にわたって史跡VRの制作を継続しており、2021年時点で80の史跡、2022年4月時点でVRアプリ「ストリートミュージアム」を通じて43の史跡を展開しています。これにより、多くの自治体からの依頼に応じて地域と連携した文化財コンテンツ化を進めています。
arXiv論文のVR体験では、参加者が文化遺産の意味づけに主体的に関わる「共創的」な関わり方が促されることが示されています。利用者自身が文化財の価値を再解釈し、共有するプロセス自体が、持続可能な文化財利活用の重要な一要素として位置づけられています。
デジタル文化財の課題と今後の展望
デジタル文化財の活用を持続可能な仕組みにするには、まずデータ標準化とメタデータ体系の整備が重要です。全国文化財情報デジタルツインプラットフォームでは、文化財総覧WebGISと3DDBを連携させ、多様な3次元データを統一的に扱いながら、誰もが参照可能な基盤として運用することで継続的な活用を可能にしています。
一方で、VRやメタバースで用いられるデジタル想定復元は、学術的監修や史料に基づきつつも失われた姿を高精細に再現する行為であり、歴史的な検証や再解釈を促すと同時に、複製・公開の在り方やデジタルコンテンツとしての扱いに慎重な検討が必要とされています。また、TOPPANによる多数の史跡VRやアプリ展開、自治体との協働、研究機関によるプラットフォーム構築などにみられるように、地域住民・自治体・民間・研究機関が連携して文化財情報の公開と観光活用を進める枠組みづくりが求められています。
さらに、3Dスキャンやデジタルツイン基盤の整備、VR体験による文化理解・感情的関与の向上といった成果を土台として、今後は高度なXRやメタバースを活かし、教育・史跡学習・街づくりと文化財保護の両立など、社会インフラとしての応用が一層期待されるでしょう。
文化財は「残す」から「活かす」時代へ
文化財分野では、3D計測データとXR(VR/AR)、地理空間情報を組み合わせたデジタルツインが、文化財の保存と観光活用を同時に実現する手法として注目され、活用が進んでいます。改正博物館法や全国文化財情報デジタルツインプラットフォームの整備により、3Dデータの標準化・公開・利活用が実務レベルで可能となりつつある状況です。さらに、VR/ARやメタバース観光は、失われた史跡の復元や来訪が難しい文化財への新たなアクセス手段となり、学習効果と体験価値を高めています。
今後は、自治体、研究機関、民間・市民が連携し、持続可能な文化財保存と地域観光を両立する運用が重要となるでしょう。
シリコンスタジオでは、3Dデータ活用やデジタルツイン、VR/AR・メタバースといった分野において、現場実装を見据えたDXソリューションと技術提供を行っています。文化財の保存から観光・教育への利活用まで、構想段階から運用設計まで一貫して支援が可能です。
デジタル文化財活用をご検討の際は、ぜひシリコンスタジオまでご相談ください。
出典:文部科学省「文化資源の公開と利用 -人工現実感-」
■著者プロフィール:シリコンスタジオ編集部
自社開発による数々のミドルウェアを有し、CGの黎明期から今日に至るまでCG関連事業に取り組み、技術力(Technology)、表現力(Art)、発想力(Ideas)の研鑽を積み重ねてきたスペシャリスト集団。これら3つの力を高い次元で融合させ、CGが持つ可能性を最大限に発揮させられることを強みとしている。
DXコラムは、デジタルツインやメタバース、AIをはじめ産業界においてトレンドとなっているDX関連を中心としたさまざまなテーマを取り上げることにより、デジタル技術で業務の効率化を図ろうとする方々にとって役立つ学びや気付き、ノウハウなどを提供するキュレーション(情報まとめ)サイトです。









