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2025.11.28
WebGPUの仕組みと最新動向 ― WebGLからの移行とDXへの応用
WebGPUは、従来のWebGLを超え、ブラウザ上でネイティブアプリ並みの描画性能と計算処理を実現する次世代グラフィックスAPIです。高速な3Dレンダリングに加え、GPUによる並列計算を活用できることで、Web上でのデータビジュアライゼーションといった高度な処理が現実的になってきました。DX推進の現場では、これまでサーバーや専用アプリに依存していた高負荷処理をWebブラウザのみで実行できるようになり、開発効率やユーザー体験の向上に直結します。
本記事では、WebGLからの進化の背景やWebGPUの基本構造、描画・計算処理の仕組み、対応ブラウザ、そしてDX領域での実践的な応用可能性について解説します。
WebGLからWebGPUへ -Webグラフィックスの進化-
WebGPUの登場により、ブラウザ上の3D表現は劇的な進化を遂げています。ここでは、なぜWebGPUが登場したのかについて、WebGLとの違いや限界などの背景をご紹介します。
WebGLの限界とWebGPU登場の背景
WebGLは、ブラウザ上で3Dグラフィックスを描画できるAPIとして長く使われてきましたが、現代的なグラフィックスや計算処理に対する限界が次第に明確になりました。
例えば、最新のGPU機能へアクセスできず、コンピュートシェーダー(純粋な計算処理)など最新技術への対応が難しい点が挙げられます。
また、APIの設計が古く、効率的な資源管理や高性能な処理に制限があるため、安全性やパフォーマンスの課題もあります。
さらに、WebGLはOpenGL ES 2.0・3.0をベースとしており、ネイティブ環境向けのVulkan、DirectX 12、Metalに比べて大規模・高度な表現や最新ハードウェアの活用が難しいといった課題もあります。
このような課題を克服し、最先端のGPU機能をブラウザでも直接利用できる統一APIとして「WebGPU」が登場しました。
WebGPUとWebGLの違い
WebGPUは、WebGLに比べて設計思想・機能面で大きな違いがあります。主な違いは、以下のとおりです。
- APIの構造
- コンピュート機能
- パフォーマンスと効率化
- 最新GPUの機能補完
WebGPUはVulkan、DirectX 12、Metalなどに近い低レベル設計で、WebGLはOpenGL ESベースの高レベル設計です。また、WebGPUはグラフィックス描画だけでなく、汎用的なGPU計算(GPGPU:General Purpose GPU)も扱えます。一方、WebGLは基本的に描画特化です。
さらに、WebGPUはリソース管理や並列処理、パイプライン構築が柔軟で、より高いパフォーマンスを発揮できます。新しいハードウェア機能、シェーダーやバッファ管理に強く、今後のグラフィックスやAI計算にも適応しやすいことも強みです。
こうした違いから、WebGPUはWebGLの後継かつ拡張版という位置づけとなっています。
WebGPUの基本アーキテクチャと設計思想
ここでは、WebGPUの仕組みや設計の特徴、従来との構造的な違いについて解説します。
アーキテクチャの概要
WebGPUは、Vulkan・Metal・DirectX 12など現代的なOS向けグラフィックスAPIをベースに、Web上でも使いやすいように独自の抽象化を加えた設計となっています。
WebGLがOpenGL(古い設計)の仕組み自体を単純にそのまま使えるようにするアプローチだったことに対し、WebGPUは各プラットフォームの設計(Windows・macOS・Linuxなど)で異なるGPUの設計をうまくまとめ、どの環境でも一貫して同じように動作するよう工夫されています。
その結果、開発者はWebに最適化された使いやすいAPIで、最新のGPU性能を活かしたコンテンツを開発できるようになりました。
また、WebGPUはグラフィックス描画だけでなくコンピュートシェーダーを正式サポートし、機械学習・物理シミュレーションのような目的にも利用できる点が特徴です。
明示的リソース管理と非同期処理
WebGPUは、バッファやテクスチャといったリソースの管理を完全に明示的に行う設計です。WebGLではハンドルの作成や削除こそ明示的に行いますが、実際のメモリ解放のタイミングやリソース寿命はブラウザ実装に委ねられており、メモリ管理はほぼ自動的に扱われます。そのため、WebGPUでは不要なリソースの解放や効率的なメモリ運用を開発者が直接かつ明確にコントロールできる点が大きな特徴です。
また、コマンドの送信(GPUへの処理命令)や結果取得は非同期となっており、Web特有のUIやネットワーク処理と親和性が高い設計です。したがって、高負荷なGPU処理を行いつつ、レンダリングや計算処理の応答性を保つために有効です。
WGSL(WebGPU Shading Language)の特徴
WebGPUは、専用のシェーディング言語としてWGSL(WebGPU Shading Language)を採用しています。WGSLはセキュリティ・移植性を重視した設計で、現在主流のGLSLやHLSLとは異なる明確な構文が特徴です。
また、WGSLはWebGPUと密接に連携して設計されたWebAPI向けシェーダー言語で、型安全性(プログラムのミスを未然に防ぐ仕組み)や安全制約をブラウザが実装しやすくするための仕様になっています。
WebGPUとGPU計算処理 -コンピュートシェーダー活用-

WebGPUは、描画処理だけでなく、GPUの高い並列計算能力を活用した汎用的なデータ処理にも対応しています。その中心となるのが「コンピュートシェーダー」で、グラフィックスを伴わない純粋な計算処理をGPU上で実行できる点が特徴です。
ここからはグラフィックスだけでなく、計算処理(GPGPU)にも使えるWebGPUの応用をご紹介します。
コンピュートシェーダーの役割
WebGPUのコンピュートシェーダーは、グラフィックス描画とは異なり、画面表示を前提としない「計算処理」専用のシェーダーです。画像処理や行列計算、物理シミュレーションなど、大量のデータを並列で処理する場面で活用されます。
WebGPUのAPIでは、GPUComputePassEncoderを用いてコンピュートパイプラインを組み、WGSL(WebGPU Shading Language)で具体的な計算処理を記述します。
この仕組みにより、グラフィックス描画の用途に留まらず、さまざまな処理の計算をGPU上で効率的に実行することが可能です。
並列計算とパフォーマンス向上
GPUは数千個単位の並列プロセッサを持つため、膨大なデータを同時に処理することができます。コンピュートシェーダーでは、ワークグループやスレッド単位で処理が分割され、例えば膨大な画素数の画像ヒストグラム計算も高速に処理することが可能です。
WebGPUを活用することで、CPUに比べて大幅な計算速度の向上が期待でき、リアルタイムなデータ処理や高度な数値解析などに役立つでしょう。
実用例と応用可能性
コンピュートシェーダーの応用として、以下のような事例が挙げられます。
- 画像処理(ヒストグラム・フィルター・エッジ検出)
- 行列乗算や数値計算
- 物理演算/パーティクルシミュレーション
- 機械学習分野での最適化
- 大量オブジェクトのアニメーション処理
WebGPUのコンピュートシェーダーは、従来CPUやWebAssemblyで行っていた大規模計算もGPU上で効率的に行えるため、グラフィックス以外の分野(科学技術計算、画像解析、AI応用、ゲーム開発のロジックなど)へと応用範囲が広がっています。
WebGPU対応ブラウザと現時点の課題
現在のWebGPUは、対応ブラウザや移行の難しさ、制限事項といった課題が残っています。ここでは、WebGPUが現在どのブラウザで使えるか、移行の難しさや今後の課題を解説します。
ブラウザ・プラットフォーム対応状況
これまでGoogle Chromeが先行していましたが、Microsoft Edge、Firefox、Safariも正式にサポートされたことが米Googleより11月25日(現地時間)に発表されました。公式仕様でクロスプラットフォーム互換が重視されており、主要OS・ブラウザでの普及が見込まれています。
ChromiumベースのGoogle ChromeやMicrosoft Edgeでは、Windows(Direct3D 12搭載環境)に加え、macOS、ChromeOS、さらにQualcomm/ARM GPUを採用したAndroid 12以上のデバイスでも利用が可能になっています。現在は、Linux対応や既存プラットフォームの機能拡大も着実に進められている段階です。
一方、FirefoxはWindowsとmacOS(ARM64環境のバージョン26)で利用できます。こちらもLinuxやAndroid、従来のIntelベースMac向けの対応が予定されており、徐々にサポート範囲が広がっていく見込みです。
Safariについては、Appleの各OSとも横並びで進んでおり、macOS 26、iOS 26、iPadOS 26、そしてvisionOS 26において利用が可能となっています。
WebGLからWebGPUへの移行の課題
WebGLはOpenGLベースの設計で、長くWeb3D処理の標準でした。WebGPUはDirectX12、Metal、Vulkanなど近年主流のAPIをラップした設計となり、基本設計が大きく異なります。
WebGLのグローバル状態や同期処理を必要とする設計から、WebGPUの明示的なコマンド・非同期設計へ変更が必要です。また、リソース管理やシェーダー言語(WebGL:GLSL→WebGPU:WGSL)も異なり、ライブラリの書き換えやAPIの学習コストが発生します。
デバッグやエラーハンドリングも大きく改善されていますが、既存資産の完全移行には慎重な検証が必要です。そのため、既存のWebGL資産をWebGPUへ直接移行するには、一定の設計変更・修正作業が求められます。Babylon.js、Three.jsなど主要ライブラリでは、並行サポートや移行ツールの整備が進行中です。
制限事項とセキュリティ懸念
WebGPUにおいては、以下のような制限事項が報告されています。
- 対応プラットフォームやハードウェア要件:一部の古いPCやモバイルデバイスではサポート外となる場合あり
- APIや機能の一部は互換性確保のため段階的に実装されており、仕様通りに使えないことがある
- セキュリティ面では、GPUバッファへのアクセスやクロスサイトアクセスなどのセキュリティ問題、リソースリークなど新たなリスクも指摘されている
API設計自体はセキュリティ強化が重視されていますが、複雑なGPUアクセスが可能になるため、実装上の安全対策や脆弱性対応が不可欠です。今後もAPI仕様の改善や脆弱性の修正が継続される見通しとなっています。
WebGPUが切り拓く未来と応用シナリオ
WebGPUは、現時点でもWebベースのゲームやAI推論など多岐にわたる分野で応用が始まっていますが、WASM(WebAssembly:高速に動作するWeb向けの実行形式)やRust(安全性と高速性を重視したプログラミング言語)など、周辺技術との連携によってさらに利用シーンが多彩に広がる見込みです。ここでは、WebGPUが今後どのような分野で活躍するか、将来的な展望や応用例をご紹介します。
応用分野(ゲーム、シミュレーション、AI活用)
WebGPUは、従来難しかったリアルタイム3Dゲーム描画や物理シミュレーションにすでに活用が始まっています。高速な描画や複雑な陰影・反射エフェクトをWeb上で体験可能になり、glTFなど高品質な3Dモデルのレンダリングでも実用化が進行中です。
また、機械学習の推論や画像処理、大規模な数値計算などGPUの計算能力を活かした分野にも応用されており、クライアントサイドAI(Stable DiffusionやGemma、Segment Anythingなどのモデル推論)がブラウザ内から高速に実行されています。
WASMやRustなど周辺技術との連携
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WebGPUはWASMやRustなどの技術と組み合わせることで、さらなるパフォーマンス向上や安全性を実現できると期待されています。
実際にRustによるWebGPU向けのAPI実装(wgpu)は、強力な型安全性とクロスプラットフォーム性を備えており、ゲーム開発やデータのビジュアライゼーション分野などで普及が進んでいる状況です。
さらに、WebAssemblyがSIMD(同時に複数のデータを処理できる命令セット)に対応したことで、CPUとGPUとの連携による超高速AI推論や数値演算がWebアプリで可能となってきました。これにより、C++やRustなど、これまでネイティブ環境で使われていた多様なプログラミング言語資産が、WebGPUとともにWebアプリでも有効に活用できるようになっています。
WebGPUが変えるWebの未来像
WebGPUの登場により、WebサイトやWebアプリの表現力・機能性は大きく変化しつつあります。高品質な3DビジュアルコンテンツがEコマースやプレゼンサイトで一般的となり、AI/MLやシミュレーション、データ処理などもサーバー負荷なしでブラウザだけで高速動作できるようになりました。
これまでネイティブアプリが必要だった体験がWeb上でも実現可能となり、今後はWeb自体が本格的な高性能コンピューティング・クリエイティブプラットフォームとして活用されていくでしょう。
WebGPUが切り拓く未来
WebGPUは、VulkanやDirectX12など最新技術を基盤とする次世代APIとして、Web上で高品質な3D描画や高速計算を可能にしました。AI推論やシミュレーションなどDX分野での活用が拡大しており、ブラウザだけでネイティブアプリ級の表現を実現します。シリコンスタジオでは、このWebGPUを活用した高速描画・シミュレーション・AI可視化などのソリューションを提供しています。
シリコンスタジオでは、WebGPUをはじめとした最先端のグラフィックス技術やGPUコンピューティングを活用し、企業のDX推進を支援する各種ソリューションを提供しています。高速描画・シミュレーション・AI可視化など、Web×GPUによる新たな価値創出をご検討の際は、ぜひシリコンスタジオへご相談ください。
■著者プロフィール:シリコンスタジオ編集部
自社開発による数々のミドルウェアを有し、CGの黎明期から今日に至るまでCG関連事業に取り組み、技術力(Technology)、表現力(Art)、発想力(Ideas)の研鑽を積み重ねてきたスペシャリスト集団。これら3つの力を高い次元で融合させ、CGが持つ可能性を最大限に発揮させられることを強みとしている。
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