
- 農林水産
2025.07.09
酪農・畜産のDX最前線。デジタルツイン×リアルタイムCGで実現する業務効率化
酪農・畜産業界では、人手不足や高齢化、属人的な作業に依存したオペレーションの克服が課題です。また、家畜の健康管理・疾病予防の難しさや飼料・生産コストの増大、温室効果ガス(メタン)排出や糞尿処理の負担など、他にも課題は山積しています。
このような課題に対し近年、注目を集めているのがデジタルツインやリアルタイムCGといった先端技術を活用したDXの取り組みです。IoTやAIを組み合わせることで、現場の作業をデジタル空間に再現し、業務の可視化、標準化、遠隔支援までを可能にします。
本記事では、酪農・畜産業におけるDXの必要性とともに、デジタルツインを軸とした最新技術の活用方法や導入事例を通じて、DXによる業務効率化の可能性を解説します。
酪農・畜産業の現状とDXの必要性
酪農・畜産業界は、少子高齢化や人手不足の深刻化、後継者不足、そして飼料費などのコスト増加といった課題に直面しています。現場では分娩や子牛の保育、健康管理など自動化が難しい作業が多く、労働力の減少により生産活動の維持が困難な状況です。
一方で、アナログな管理や非効率な業務も依然として多く残っています。こうした状況を打開する鍵がDX(デジタルトランスフォーメーション)です。データやIoTを活用したDXの導入により、生産性の改善や労働負荷の軽減、動物の健康管理の見える化や精度向上が期待されています。
酪農・畜産業におけるDXの基盤技術 -IoT・AI・デジタルツインの役割
酪農・畜産業のDX推進は、いくつかの基盤技術によって実現されます。ここでは、中核技術として機能するIoT、AI、デジタルツインについて解説します。
IoTによる畜産データの収集と活用
IoT機器やセンサー、カメラなどを現場に設置することで、多様なデータを自動的に収集することが可能です。個体(家畜)に関するデータでは、行動データやバイタルデータ、食欲や摂取量、飼育環境に関するデータでは温湿度や二酸化炭素濃度、照度、作業・設備の稼働データでは自動搾乳機や給餌・給水設備、換気・空調設備など、このほかにも収集できるデータは非常に多岐にわたります。
これらのデータにより、従来は目視や経験に頼っていた現場の状況を、客観的かつリアルタイムに把握できるようになります。
収集したデータを分析することにより、作業効率や安全性の向上、現場環境の改善につなげ、作業の標準化やノウハウの継承にも貢献します。IoTは酪農・畜産現場のデジタル化の第一歩です。
AIによるデータ解析と予測
IoTで収集した大量の現場データをAIが解析することで、疾病の早期発見や最適な飼育・給餌タイミングの判断が可能です。AIは生産効率の向上やコスト削減、家畜の健康維持に大きく貢献します。
また、過去のデータをもとに将来的なミスやリスクの発生を予測し、現場の安全性や生産性向上に役立てることも可能です。搾乳や給餌、清掃などの自動化も実現することができるでしょう。AIによる解析は、現場の技能を見える化し、継続的な業務改善を支える重要な役割を果たします。
デジタルツインとは?仮想空間で再現される酪農現場
デジタルツインとは、IoTで取得した現場データをもとに、作業空間や作業者の動き、作業手順、動物やその周辺の状況などを3Dモデルや仮想空間上にリアルタイムで再現する技術です。現場の状況をバーチャル空間上で可視化し、遠隔での確認、作業を可能にするだけでなく、作業動線や手順の最適化、業務プロセスの改善をシミュレーションすることもできるようになります。
現場で発生する課題や非効率な部分を仮想空間上で検証し、具体的な改善策を立案できるため、生産性向上や省力化、作業の標準化に大きく貢献します。
デジタルツインの酪農・畜産業への活用事例と仕組み
デジタルツインは、実際どのように酪農・畜産業の現場で活用されているのでしょうか。ここでは、デジタルツインの酪農・畜産業への活用事例と仕組みを解説します。
牧場・畜舎のバーチャル再現による作業最適化
牧場や搾乳パーラーなどの作業現場を3Dモデルでデジタルツイン化し、作業者の動線や作業内容をデータとして可視化することが可能です。カメラやウェアラブルデバイスで取得した情報を統合・解析することで、作業手順や配置の最適化、無駄な動きの削減、技能の定量評価などが可能となり、現場の生産性向上や省力化に貢献しています。
また、センサーからの温度、湿度、機器の稼働データなどを取り込み、現場の設備や作業状況をリアルタイム3Dグラフィックスによって可視化できるようになれば、現場に行かずともPCやタブレット上で状況を把握することも可能になります。
個体識別と群管理のデジタルツイン連携
飼料タンクの残量管理や家畜の育成データをカメラやセンサーなどのIoT端末で取得し、クラウド上で一元管理することにより、個体や群単位での状態把握や飼育管理が容易になります。飼料の突発発注や在庫切れのリスクを減らし、メーカーや配送業者との連携も効率化できます。またデータの蓄積により、地域や季節ごとの最適な飼育方法の提案も可能です。
経営判断を支えるリアルタイムシミュレーション
現場から集めたデータをもとに、デジタルツイン上でさまざまなシミュレーションを実施できます。新しい施設の建設や増設の前に、仮想環境で検討、検証することも可能です。作業効率や飼料消費、生産コストなどの変化を仮想的に検証し、経営判断や改善策の立案に活用されています。リスクの低減やコスト削減、品質向上など、経営の意思決定をリアルタイムで支援する仕組みが実現しています。
デジタルツインを活用した酪農・畜産の最新事例
デジタルツイン技術は、現場の作業や動物の状態をデジタル空間に再現し、業務効率化やリスク管理に貢献します。ここでは、デジタルツインを活用した酪農・畜産の最新事例を4つご紹介します。
搾乳作業のデジタル化と自動化:北海道「酪農DX」プロジェクト(チャレンジフィールド北海道 + 北海道大学)
搾乳作業において、作業現場をLiDARカメラによるスキャンで3Dモデル化し、カメラやウェアラブルデバイスで作業者の動線や手順をデータ化した事例です。手元や姿勢の計測には、IMU+手元カメラ搭載のThinkletウェアラブルデバイスが使用されました。
作業の効率やミスのリスクを定量的に評価でき、技能向上やチーム全体の生産性向上に役立っています。現場の作業動線や道具配置の最適化も進み、作業負担の軽減と省力化が実現されています。
分娩時のリスク管理と健康モニタリング:Farmnote Color(ファームノート)
分娩時にIoTセンサーや自動監視システムを活用し、牛の行動や体調の変化をリアルタイムで監視する事例もあります。
Farmnoteは首輪型IoTセンサーで牛の体温や活動量を24時間リアルタイムで計測し、クラウドで解析します。AIが分娩の兆候や健康異常を自動検知し、スマホアプリに通知。これにより、従来の巡回より効率的で早期対応が可能になり、母牛と子牛の健康リスク軽減に貢献しています。
舎内環境のAI連携による最適化制御:IoT冷房&殺菌システム(大分県 先進養豚場)
畜舎内の環境管理に、IoTと連携した冷房装置や殺菌システムを導入した事例もあります。
大分県の先進養豚場では、IoTセンサーで温湿度や空気質をリアルタイム監視し、冷房装置とオゾン殺菌システムを自動制御しています。これにより畜舎内の環境を最適化し、豚の熱ストレスを軽減するとともに、ウイルスや細菌の抑制で健康維持と生産性向上を実現しています。
飼料・水管理の最適化:畜産IoTシステムLiveCare(thebetter)
飲み込み式の温度・加速度センサーや自動給餌システムを活用し、個体ごとの健康状態や摂取状況をモニタリングすることが可能です。LiveCareは、牛が飲み込むバイオカプセル型センサーを使い、体内温度や運動量をリアルタイムで計測します。長期間の連続測定が可能で、非侵襲的に健康状態をモニタリング。摂食や飲水の異常検知に役立ち、早期の疾病発見や健康管理の効率化に貢献しています。
デジタルツイン導入による省力化・生産性向上の成果
デジタルツインの導入により、酪農・畜産の作業にどのような効果を及ぼすのでしょうか。ここでは、デジタルツイン導入によって得られる業務効率化を解説します。
人手不足対策と省力化
畜産業では深刻な人手不足が続いていますが、IoTやAIを活用したデジタルツインの導入により、従来は現場で行っていた健康チェックや設備の点検作業が自動化・省力化され、人手不足の対策として大きな効果を発揮します。
牛や家畜の健康状態や環境データをリアルタイムで可視化し、遠隔から管理・分析が可能です。異常検知や最適な給餌・給水管理もシステムが支援するため、無駄な作業や時間の削減を実現しています。
また、IoTセンサーによる牛の体温自動測定では、従来2時間かかっていた子牛100頭の検温作業が自動化され、大幅な作業時間短縮と人手削減につながっています。
作業の標準化と技術継承
デジタルツインやIoTの活用により、作業データの可視化と一元管理が可能になり、属人的だった作業を標準化することができます。例えば、センサーやクラウドを活用したデータ管理により、紙ベースや経験則に頼っていた業務がデジタルで記録・共有され、技術やノウハウの継承が容易になりました。ベテランの経験に依存せず、誰でも一定水準の作業が再現できることがメリットです。
生産性・収益性向上
デジタルツイン導入により、生産性と収益性の向上も実現しています。例えば、AIやIoTセンサーで牛の行動や健康状態を24時間モニタリングし、疾病や異常を早期発見することで、損失リスクを低減することが可能です。
飼料タンク管理の自動化によって突発的な飼料切れや緊急発注が減り、飼料配送の効率化で経費を4割削減した事例もあります。このような取り組みにより、畜産農家や関連事業者の経営最適化と収益向上を実現しています。
酪農・畜産DX推進の課題と今後の技術展望
酪農・畜産DXを実現するためには、いくつかの課題を克服しなくてはなりません。そのためには、今後のさらなる技術革新が求められます。ここでは、酪農・畜産DX推進の課題と今後の技術展望を解説します。
導入障壁と現場の課題
酪農・畜産DXの現場導入には、コスト負担やデータ連携の難しさ、現場のITリテラシー不足が大きな課題です。例えば、飼料価格の高騰や半導体不足など外部要因によるコスト増加で、便利なデジタル機器があっても「今は投資できない」と導入を断念する農家も多く見られます。
また、従来の紙やファックスによる管理が根強く残り、データのデジタル化やシステム連携が進みにくいことも現状です。さらに、現場スタッフへの新技術の教育やトレーニングも不可欠で、ITリテラシーの底上げが求められています。
今後の技術進化と普及
今後は、IoTやクラウド技術の進化による現場データの蓄積・活用が進み、畜産農家の生産効率向上や生育方法の最適化が期待されています。例えば、飼料タンク残量管理ソリューション「Milfee」のように、現場データをクラウドで一元管理し、農家や飼料メーカー、配送業者がリアルタイムで情報共有できる仕組みが普及しつつあります。
また今後、導入農場数の増加によるデータ蓄積が進めば、地域や気候に応じた最適な飼育方法の提案も可能となり、さらなる普及が見込まれるでしょう。
持続可能な畜産・酪農の未来
DXによる業務効率化やデータ活用は、労働力不足や高齢化が進む畜産・酪農業の持続可能性を高める鍵です。現場の省力化や生産性向上に加え、輸出市場の拡大や物流最適化も進み、経営の安定化が期待されています。
例えば、飼料や燃料の管理自動化によるコスト削減や、輸送の効率化による運送業界の負担軽減など、業界全体の持続的発展に寄与する取り組みが進んでいます。今後も現場の課題解決と技術進化が両輪となり、持続可能な酪農・畜産経営が実現されていくでしょう。
デジタルツイン×リアルタイムCGで描く未来の畜産現場
少子高齢化や人手不足が深刻化する酪農・畜産業において、デジタルツインやリアルタイムCG、IoT、AIなどの先端技術を活用したDXが注目されています。作業の見える化や標準化、遠隔支援を通じて、省力化・生産性向上・経営改善を実現。持続可能な農業経営への転換が進んでいます。
シリコンスタジオでは、リアルタイム3DCGやゲームエンジンを活用し、各種センサーデータを取り込んだデジタルツインにより、酪農・畜産業におけるDX推進をご支援します。業務効率化や現場課題の解決に向けた最適なソリューションをご提案いたしますので、ぜひお気軽にご相談ください。

■著者プロフィール:シリコンスタジオ編集部
自社開発による数々のミドルウェアを有し、CGの黎明期から今日に至るまでCG関連事業に取り組み、技術力(Technology)、表現力(Art)、発想力(Ideas)の研鑽を積み重ねてきたスペシャリスト集団。これら3つの力を高い次元で融合させ、CGが持つ可能性を最大限に発揮させられることを強みとしている。
DXコラムは、デジタルツインやメタバース、AIをはじめ産業界においてトレンドとなっているDX関連を中心としたさまざまなテーマを取り上げることにより、デジタル技術で業務の効率化を図ろうとする方々にとって役立つ学びや気付き、ノウハウなどを提供するキュレーション(情報まとめ)サイトです。