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2025.04.01
農業の未来を切り拓く農業DX。その現状や構想を解説
日本の農業は深刻な課題に直面しています。こうした課題を解決する鍵として注目されているのが農業DXです。農林水産省は「農業DX構想2.0」を発表し、ロボット・IoT・AIなどの先端技術やデータを活用して生産性向上や持続可能な農業の実現を目指しています。本記事では、農業DXの現状やメリット、具体的な取り組みや課題について解説します。
農業DXとは
農業DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタル技術の活用により、農業の生産性や品質を向上させ、持続可能な農業を実現する取り組みです。
例えばIoTやAI、ビッグデータ、ドローン、ロボットなどの先端技術を導入したスマート農業により、農作物の生育管理や収穫、物流、販売などのプロセスを最適化することを指します。
ここでは、日本の農業が抱える課題と、農業DXの具体的な取り組みをご紹介します。
日本の農業が直面している課題
日本の農業が現在直面している主な課題について、あらためて整理してみます。
- 高齢化と担い手不足
- 労働力不足
- 耕作放棄地の増加
- 国際競争の激化
- 環境問題への対応
近年、農業従事者の高齢化と減少が進み1960年には1,175万人いた農業従事者が、2020年には136万人まで減少。60歳以上が農業従事者の約半数を占め、平均年齢は67.8歳と高齢化が顕著です。
収益性への不安や初期投資の高さから若年層の就農が進まず、労働力不足や耕作放棄地の増加も深刻化しています。一方で、自動運転トラクターやドローン活用、センサーやIoTデバイスの活用などデジタル化や、農業機械の導入も進み、大規模経営では省力化が実現されつつありますが、より一層の省力化や自動化が求められています。
また、TPPなどの貿易協定により、輸入農産物との価格競争が激化。気候変動、生態系の保護、食料安全保障といった観点から、持続可能な農業の実践が求められています。
農業DXの具体的な取り組み
こうした課題に対応するため、現在さまざまな農業DXの取り組みが進められています。
- スマート農業の技術の開発推進・導入促進:自動運転トラクターによる耕作やドローンを活用した農薬散布など、最新の農業機械を導入した作業の効率化による少人数での大規模生産を実現
- データ活用:センサーやIoTデバイスを使用したビッグデータの収集とAIを活用した意思決定支援により、安定した収穫量を確保
- サプライチェーンの最適化:生産から販売までの全プロセスをデジタル化し、効率的な農業経営を実現
- 環境への配慮:デジタル技術を活用した高精度な土壌測定により化学肥料の使用を最小限に抑えつつ、収量を維持する取り組みを実施
- 消費者ニーズへの対応:購買データの分析や需要予測を通じて、消費者の嗜好に合った農産物の生産と供給を実現
デジタル技術の活用により、少ない労働力でも高い生産性や収益性を確保し、次世代の農業の継承を可能にすることが期待されています。
農業DXの現状
政府の取り組み・構想
農林水産省は2021年3月に「農業DX構想」を、2024年2月にはそのアップデート版である「農業DX構想2.0」を発表しました。この構想は、デジタル技術を活用して農業・食関連産業の変革を推進するための戦略であり、データとテクノロジーを活かし生産・流通・販売の全体最適化を図ることを目的としています。
その中心的な目標のひとつがFaaS(Farming as a Service)の実現です。FaaSとは、農業に必要な技術・設備・データ解析・運用ノウハウなどをサービスとして提供するビジネスモデルです。農業を「売れる仕組み」として最適化することであり、単なる効率化にとどまらず、消費者視点の価値提供までを見据えた農業のサービス化ともいえるでしょう。
「農業DX構想2.0」では2030年を目途に、デジタル技術で様々な矛盾を克服し、価値を届けられる農業を実現する、という目標を掲げ具体的なプロジェクトが展開されています。
主なプロジェクト例:
- スマート農業技術の開発・導入促進:自動運転トラクター、ドローン、防除ロボットなどを活用した現場実証
- 農業データ連携基盤(WAGRI)の活用:過去の収量、市況、土壌、農地、気象などのデータをAPI連携で可視化し、民間サービスとのデータ連携を推進
- 共通申請サービス(eMAFF)、地理情報共通管理システム(eMAFF地図)の導入:補助金申請や農地管理など、行政手続きのオンライン・一元化で農業従事者の負担を軽減
- 農林水産省の業務プロセス改革(BPR):農業業務のデジタル化で、政府立案や現場支援を迅速化
- 農業者向けスマートフォンアプリ(MAFFアプリ)の開発、運用:病害虫情報や災害対策、助成制度など、地域・作目に応じたパーソナライズ情報の提供
- 農業人材の確保支援:マッチングプロジェクトや農山漁村起業支援プラットフォーム「INACOME」の運営
現場での技術導入状況と残された課題
現場でも農業DXの技術導入は着実に進んでいます。
2019年にスタートした農林水産省と農研機構による「スマート農業実証プロジェクト」では、自動走行トラクター、各種センサー、ドローンといった先端技術の導入が全国で進められています。2022年度までに全国217地区で実証が行われ、2024年度にはさらに12地区が新たに採択されました。
この取り組みにより、作業の集約化や農機のシェアリングといった新たな経営改善が浸透し、生産から出荷までのプロセス全体での効率化が図られています。さらに、プロジェクトの成果はアウトリーチ活動や動画配信などを通じて広く共有され、普及活動にも寄与しています。
しかし、本格的な普及にはなお課題が残されています。
- 多くの機器がまだ実証段階にとどまっていること
- 作物の種類や形状、農業の規模に応じた柔軟な対応が求められ、導入には時間とコストがかかること
- 初期投資が高額であり、中小規模の生産者には導入ハードルが高いこと
- 中長期な経済効果を示す十分なデータが不足していること
これらの要因により、先端技術は一部の地域や生産者での活用にとどまり、全国的な展開には至っていません。
現場での成功事例
一方で、成功事例も各地で現れています。
北海道・白石農園(新十津川町)
「高品質・良食味米生産を目指す家族経営型スマート農業一貫体系の実証」に取り組み、自動運転トラクター、農薬散布・リモートセンシング用ドローン、可変施肥肥料散布機など8つの技術を導入し、目標を達成。農薬散布ドローンによって、従来と同じ時間で2倍の面積の作業が可能になりました。またスマート農機の活用で、朝晩の労働時間が少なくなり、空いた時間を利用してトマト栽培へ注力し、収益向上を実現しました。
千葉県・有限会社土屋ライスファーム(東金市)
落花生栽培において「スマート農業技術を活用した落花生生産の機械化」に取り組み、自動運転トラクターや海外製落花生ハーベスター、AIを活用した収穫適期判断、屋内乾燥技術を導入。労働工数の削減と品質確保を実現しています。
農業DXで活用されるデジタル技術
農業DXで活用されている主要なデジタル技術とその活用方法について紹介します。
- センサー/IoT:農作物の生育状況や土壌の水分、温度、湿度、日照、CO2濃度などをリアルタイムで計測・取集・分析し、作物にとって最適な栽培環境を構築
- リモートセンシング・ドローン・衛星データ:ドローンや衛星を活用した上空からの圃場観測により、生育状況や病害虫の発生を把握し、広範囲の農地を効率的に管理
- AI・機械学習:画像解析や時系列予測により、収量予測や病害虫の早期検知、作付け計画の最適化などを実現。熟練農家の知見をデータとして再現・活用
- ロボット・自動化技術:自律走行、画像認識技術を活用し、自動運転トラクターやアグロボット(農業用ロボット)、収穫ロボット、農業散布ドローンなどが実用化
- クラウド・データ基盤:農業データ連携基盤(WAGRI)やスマートフードチェーンプラットフォーム(ukabis)により生産・流通・消費に関わるデータの共有と利活用の推進
- モバイルアプリ・スマートデバイス:スマートフォンやタブレットを活用し、作業記録の入力、情報配信、農機の遠隔操作を通じて、現場からリアルタイムで対応できる環境整備
これらの技術を組み合わせることにより、農業の生産性向上やコスト削減、品質管理の向上、持続可能性の実現を目指しています。
出典:農林水産省「農業DXをめぐる現状と課題」
出典:農林水産省「農業DX構想2.0 ~食と農のデジタルトランスフォーメーションへの道筋~」
出典:農林水産省「農業DXの取組事例」
農業DXを推進するメリット
農業DXを推進することで次のようなメリットが得られます。
農作業の自動化・効率化
ロボットトラクターやドローンの導入で作業が自動化されることや、IoTセンサーを活用して土壌や気象条件をリアルタイムで監視することが可能になります。
また、AI技術により最適な作付け時期や施肥量を判断し、自動収穫ロボットによって効率的に収穫作業を行うことも可能です。
農作物の品質の向上
AIを活用した病害虫の予測と早期対策を行うことで、被害を最小限に抑えられます。また、センサーとAIによって最適な栽培環境を維持し、データ分析に基づく精密な栽培管理が可能です。さらに適切な熟度と量で収穫することにより、高品質な農産物の提供を維持できるようになります。
新たな収益基盤の確立
D2C(Direct to Consumer)販売モデルを構築し、消費者に直接商品を届けることが可能です。そのほかにも、メタバースを活用した新しい販売・PR手法で農家の魅力を効果的に伝えたり、VRやARを活用したトレーニングによる研修の効率化なども挙げられます。さらに、データ活用による需要予測と生産計画の最適化も実現されており、持続可能な農業への移行が進んでいます。
農業DX推進における課題
初期投資と導入コスト
先端機器の価格が高額で、自動運転トラクターやドローン、AI解析ツールなどを導入するには、用途や規模にもよりますが大きな投資が必要となることもあります。また導入後もメンテナンス費用や通信環境の整備などが必要となり、継続的なコスト負担もあります。高いコストに対し、費用対効果が見えにくいことから導入を見送るケースも見られます。
デジタルに関する知識や技術を持つ人材の不足
先端技術の導入には専門的な知識や技術が必要ですが、多くの農業従事者には技術理解と適切な活用スキルが不足しています。導入しても活用されないという事態を避けるためにも、教育や訓練など現場サポート体制も充実させる必要があります。
データ連携と標準化の遅れ
異なるメーカーの農機や機器などが互換性を持っていない場合もあり、収集したデータが統合・活用しにくいケースもあります。また紙ベースで記録を行っている現状もあり、デジタルへの移行が進みにくくなっています。
農業経営体の約76.7%がデータ活用を行っていない(農水省調べ)という統計もありDXの入口に立てていない農家も多いのが現状です。
出典:農林水産省「農業DXをめぐる現状と課題」
これからの農業DXの展望
今後、農業DXはどのように推進されていくのか。その展望について見ていきましょう。
デジタル技術の進化と普及
AIやIoT、ドローン、ロボットなどの先端技術分野は、今後さらなる進化とコスト低減が見込まれており、特に中小規模農家でも導入しやすい環境が整いつつあります。さらにクラウドベースの農業アプリや遠隔支援システムなども普及が進み、さらなる利便性が高まるでしょう。
データ駆動型農業の実現
データを核とした意思決定が農業の主流となることも予想されます。
天候や土壌、作物データなどを統合・分析し病害虫の早期対策やリスク管理、適切な収穫タイミングの予測などがAIの活用により高精度で行えるようになるでしょう。データを活用した意思決定が農業経営の安定化につながり、スタンダードとなることが期待されます。
新たなビジネスモデルの創出
農業DXの推進により、従来の農業の枠を超えた新たなビジネスモデルの創出をもたらす効果も期待されています。一例として、消費者ニーズをデータで捉え、その需要に対応した農産物を提供するFaaSの実現です。また、D2Cやサブスクリプション型の農産物販売、アグリツーリズムやメタバース空間での販促など、農業生産者と消費者を直接つなぐ新しい価値提供の場も増えていくでしょう。
持続可能な農業の実現
バイオマス発電や堆肥化など、農業廃棄物の有効利用をデジタル技術で効率化することが可能です。
また、フードサプライチェーン全体をデジタル化することで、食品ロスの削減にも貢献できます。このように環境と共生する農業モデルの構築が進んでいます。
出典:農林水産省「農業DX構想2.0 ~食と農のデジタルトランスフォーメーションへの道筋~」
デジタル技術で課題を解決し農業DXを実現しよう
日本の農業は高齢化や労働力不足、気候変動、環境課題など深刻な問題を抱えています。こうした課題に対し、農業DXは単なる効率化の手段としてでなく、農業そのものの再構築を可能にする変革の鍵として、いま注目を集めています。
AIやIoT、ロボティクス、クラウドなどの先端技術は日々進化し、導入のコストも徐々に下がりつつあります。さらには政府の支援や成功事例の増加により、農業の現場でも「DXの実装」が現実のものとなりつつあります。そして、データと技術に基づいた判断と運用で、持続可能で収益性の高い新たな農業モデルへと進化していくでしょう。
シリコンスタジオでは、農業DXの実現を支えるパートナーとして、3DグラフィックスやAIを活用したソリューションを提供しています。現場に根差した視点と最先端技術を結集させることで、農業の未来に貢献してまいります。
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■著者プロフィール:シリコンスタジオ編集部
自社開発による数々のミドルウェアを有し、CGの黎明期から今日に至るまでCG関連事業に取り組み、技術力(Technology)、表現力(Art)、発想力(Ideas)の研鑽を積み重ねてきたスペシャリスト集団。これら3つの力を高い次元で融合させ、CGが持つ可能性を最大限に発揮させられることを強みとしている。
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